年表が示す三つのこと
年表は出来事を時間の順に並べた表ですが、うまく読むと三つのことを教えてくれます。第一は順序で、どの出来事が先でどれが後かです。第二は間隔で、二つの出来事のあいだが何年かによって因果関係の見え方が変わります。第三は同時性で、異なる地域で同じころに何が起きていたかです。教科書の年表は出来事を等間隔に並べることが多く、実際の時間の距離を隠してしまうこともあるので、まず軸の比率がそろっているかを確かめるとよいでしょう。
紀元前と紀元後、0年がない理由、世紀の数え方、干支と王の在位年、陰暦の日付まで、年表と年代表記で迷わないように整理しました。
年表は出来事を時間の順に並べた表ですが、うまく読むと三つのことを教えてくれます。第一は順序で、どの出来事が先でどれが後かです。第二は間隔で、二つの出来事のあいだが何年かによって因果関係の見え方が変わります。第三は同時性で、異なる地域で同じころに何が起きていたかです。教科書の年表は出来事を等間隔に並べることが多く、実際の時間の距離を隠してしまうこともあるので、まず軸の比率がそろっているかを確かめるとよいでしょう。
今広く使われている西暦は、紀元前と紀元後に分かれます。紀元前は数字が大きいほど古い時代です。紀元前3200年は紀元前108年よりずっと前です。英語圏では宗教的な意味を外した表記を使うこともありますが、数字は同じです。大切なのは0年がないことです。紀元前1年のすぐ次の年が紀元後1年なので、紀元前と紀元後をまたぐ期間を計算するときは、二つの数字を足してから1を引く必要があります。たとえば紀元前108年から紀元後918年までは1025年です。
世紀は100年単位のまとまりですが、1年から数え始めるため、下二桁が00の年がその世紀の最後の年になります。この原理さえ分かれば計算は簡単です。
年表や本には、正確な年の代わりにおおよその表現がよく出てきます。1990年代は1990年から1999年までを指します。世紀の前半と後半はおおむね前の50年と後ろの50年を、初め・半ば・末はだいたい3分の1ずつを指します。ごろ、頃、推定といった言葉は、史料が足りず正確な年を確定できないという合図です。こうした表現を正確な数字に置き換えて写すと、もともとなかった確実さが生まれてしまうので、引用するときは元の表現をそのまま生かすのがよいでしょう。
昔の記録は西暦を使っていませんでした。朝鮮王朝の記録は主に王の在位年で日付を書き、訓民正音の創製を世宗25年、つまり1443年と記します。60年ごとにめぐる干支も広く使われ、1592年の壬辰の年に起きた戦争を壬辰倭乱、1636年の丙子の年の戦争を丙子胡乱と呼びます。檀君紀元を用いる檀紀は西暦に2333を足した値で、大韓民国では1961年まで公式の紀年法として使われました。日本では今も元号を西暦と併用しています。
朝鮮時代の記録の日付は、ほとんどが陰暦です。韓国は1896年1月1日から太陽暦を公式に使い始めましたが、この日は陰暦では1895年11月17日でした。そのため昔の記録の日付を今日の暦とそのまま比べると、一か月近くずれることがあります。韓国のハングルの日である10月9日も、『訓民正音解例本』に記された陰暦9月上旬を太陽暦に換算して定めた日です。日本でも1873年に太陽暦へ切り替えており、それ以前の日付には同じ注意が必要です。
人が作った年表を読むより、自分で描いてみるほうが時間の感覚をずっと早く育ててくれます。次の方法で紙一枚の年表を作ってみてください。二つの時点のあいだの年数は、年齢計算や日付計算のツールで確かめると間違いが減ります。
年代計算で最も多い間違いは、0年を入れて紀元前と紀元後のあいだの期間を1年長く数えることと、1900年代を20世紀とまったく同じだと考えることです。1900年は19世紀の最後の年で、2000年も20世紀に属します。また陰暦の日付を太陽暦と取り違えたり、干支が60年ごとに繰り返されることを忘れて同じ名前の年を混同したりすることもよくあります。ローマ数字で世紀を書く外国の本を読むときは、ローマ数字の変換ツールが役に立ちます。
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